年齢を重ねると、不思議と「前からそこにあったもの」に目が向くようになってきた。若い頃は「新しいもの」に心が動いていたのに、いつの間にか、道端の石仏や、古い地名や、昔話や、地域に残る小さな伝承に、静かに惹かれるようになるから不思議だ。きっと自分が「今」という時間だけでできているのではなく、見えない歴史の上に立っていると、体感としてわかってくるからなのかもしれません。
そんなことを感じながら、KAATカナガワ・ツアー・プロジェクト『帰ってきた冒険者たち 〜闇に落ちたカナガワを救え!〜』を観てきました。成河さんが演じる「カナガワ県」や、柄本時生さんの三蔵法師、長塚圭史さんの沙悟浄など個性豊かなキャストがまず魅力的だった。
また、ネタバレしない程度に内容を伝えると三蔵法師一行が現代の神奈川に迷い込み、アイデンティティ崩壊の危機にある神奈川を救う・・・文字にすると、とても壮大で、少し不思議で、そしてとても「遊び心」に満ちた物語。でも、この作品の面白さは、単なるファンタジーではない。海老名の国分寺、尼の泣き水、大山の良弁、道祖神、二宮金次郎、湘南電気鉄道の歴史。それらが、説明的ではなく、物語の呼吸の中に自然に溶け込んでいる感じ。言い換えるなら「歴史を学ばせる舞台」ではなく、歴史と一緒に遊ぶ舞台。

舞台装置はシンプル。場面転換は役者の身体やジャンプで表現される。子どものごっこ遊びようでいて、そこにプロの本気がある。これは、保育の世界にもすごく似ています。環境がすべてを作るわけではなく、豪華な道具があるから豊かな体験になるわけでもない。むしろ、想像力が動く余白こそが、人の内側を動かすみたいな・・・演劇の原点と、遊びの原点は、きっと同じ場所にあるのだと再確認。今回の舞台は、エンタメとしても最高に楽しい。役者が何役も演じ、走り回り、歌い、演奏し、客席にも現れる。まるで「人間そのものが舞台装置」だなと感じた場面も多々あった。
そして何より、強く感じたのは、演劇は「地域の記憶装置」になり得るということ。地域の歴史は、教科書の中だけにあるものではなく、神社の階段、坂道の名前、昔話、方言、祭り、土地の匂いなどが音になり、言葉になり、身体になり、物語になる。歴史は「知識」ではなく「自分が属している物語」に変化していく感じ。
正直に言うと、楽しいのはわかっていたけれど・・・やっぱり、ものすごく楽しかった。笑って、ちょっと考えて、また笑って。肩肘張らずに観られるのに、気づくと、自分の足元にある歴史を思い出している。それってすごく豊かな体験だし、すごい演出。年齢を重ねることは、新しいものに鈍くなることではなく、「ずっとそこにあったもの」に気づけるようになること。そんな年齢の重ね方をしていきたいと思った作品でした。
