今日、年長いきいき組は園庭でおもちを焼きました。炭の匂い、少し焦げる音、焼けてふくらむ瞬間、それだけで、もう子どもたちは少しだけ“日常の外側”に立っているのですが、今日は、もうひとつ特別なことがありました。子どもたちと関わったのが、担任のS先生ではなく、八朗園長だったことだったこと。通称「スペシャル課題活動(担任以外の保育士が卒園前の子どもたちと交流する時間)」の第一弾として園長が登場したわけだ。この「担任以外と過ごす時間」は、単なるイベントではなく、子どもにとっては、社会が少し広がる瞬間でもあります。
担任との関係は、安心の軸ですが、社会は担任だけでできているわけではありません。いろんな大人がいる社会の中で、「この人とも大丈夫だった」「この人とも楽しかった」という経験は、子どもの中に社会への信頼の地図を作ると思っています。

それは、卒園は、「先生と離れる」出来事ではなく、「自分の世界に大人が増える」出来事であってほしいという想いがあるからかもしれない。
さらに今日は、ただおもちを食べるだけではありません。子どもたちは、自分たちで作った空間に、お世話になった職員を呼びもてなしました。今年度異年齢クラスが大切にしていたテーマでもあるのですが、これは、単なるごっこ遊びではなく、関係性の主体になる経験をしてもらいたいためでもあります。
担任は、その子の「日常」を知っています。でも、担任以外の大人は、その子の「新しい面」を引き出すこともあるのだ。少し背伸びしたり、少し説明を頑張ったり、少し誇らしそうになった・・・それは、社会性の入り口にとても近い姿ともいえる時間。

保育園は、家庭の延長ではないし、学校の準備でもありません。いうなれば、小さな社会そのもの。そこで「自分は社会の中で役に立てる」という感覚、つまり自己効力感を感じるのはとても大切。卒園が近づくと、「できるようになること」についつい目が向きがちです。でもそんなことよりも「誰と関われるようになったか」の方が、ずっと大きい。それは、社会に出ていくための、とても静かで、でも確かな準備だと思うのです。
炭火で焼いたおもちの味は、きっとすぐに忘れてしまうでしょう。でも、先生を呼びに行ったこと、先生にありがとうと言ってもらったこと、担任ではない職員が笑ったことなどは不思議と子どもの中に残るのです。卒園という社会への移行は強くなることでも、できることが増えることでもない。関われる人が増えることであって欲しい。そして、もう一歩言うなら、関係を作る側に回れるようになってもらいたい。そんな気持ちを込めてお餅を食べました。
