保育士の専門性は、これからどう変わるのか?
箱根駅伝を見ながら、年末の「八朗園長TV」ライブでも語ったテーマだが改めて整理してみたい
保育士不足が深刻化し、保育士養成校も減少し続け「人が足りない」「育てる土台も揺らいでいる」そんな現実の中で、僕らは改めて「保育士は、どんな専門性をもつ存在であるべきか?」問い直さなければいけない段階に来ています。
当たり前のように思っていますが、これまでの保育は、主に「園の中で子どもを見る仕事」でした。
そして、保育園という空間の中で「問題を起こす子ども」と「解決する保育士」といった関係そのものが専門性として認識されてしまっている現状があるのではないでしょうか? この「ケアする・ケアされる」という関係性の中で「共主体」といった言葉が入ってきたとしても現場はなかなかうまくいきません。
そこで、「子どもとともに生きていくための専門職」として、いくつかの視点の変化が必要だと思っています。
まず、専門性の柱は三本立てへ。
ひとつは、「子どもを見る眼」、もうひとつは、「環境をつくる力」、そして、「子どもの力を引き出す」
この三つの柱を持ったうえで、遊びをどう設計するか、空間や文化をどう編み直すかが専門職としての腕の見せ所。
“教える人”から“学びを起こす場の設計者”へ・・・園長だけでなく、若手も環境を動かすプレイヤーになる時代になっていかねばいけません。
さらに評価の軸も変わらねばならないのではないか?
“できる・できない”ではなく、安心して生きる力・自分を信じる力・つながる力 ・好きを追求する姿に目を向けられるのかもメチャクチャ重要です。
子どもの「物語」を支える専門職としての保育士になっていくことで、子どもたちの自己肯定感や自己効力感が育まれると信じています。
また、保育士の視点という意味では、“子どもだけを見る専門職”から、“子どもを取り巻く世界ごと見通す専門職”になっていく必要性を感じています。
子どもは「保育園の中」でだけ生きているわけではありません。
家庭があり、地域があり、社会の制度や文化、価値観の影響を受けながら生きています。
だからこそ必要なのは、“子ども × 家族 × 地域 × 社会”を重ねて見られる視点。
いま保育園には、医療的ケアが必要な子ども、外国ルーツの家庭、発達の凸凹を抱える子ども、そして貧困や孤立によって支援の網からこぼれそうな家庭が普通に存在します。そのとき保育士の仕事は、ただ「保育園の中だけ安定」を目指すのでなくソーシャルワーク的な役割も担うことになってきています。家庭の中で苦しんでいるサインに気づくこと・・・支援が必要なときに、適切な機関や専門職につなぐこと・・・地域の中で孤立しないよう、関係を編み直すこと。
子どもと家庭を社会につなぐ “ハブ” の役割が保育士にできるのか、できないのか?
まずは“福祉の肩代わり”ではなく、保育士だからこそ見える姿を起点に、「支援につなぐ眼」と「関係をつくり直す力」を発揮していくことから始めるのはどうでしょう?
保育士が、家庭福祉・地域福祉・医療・教育をつなぐ結節点として機能する。
そんな姿が、これからの保育士の“当たり前の専門性”になっていける思っています。。
そして最後にもう一つ。
保育士の「学び方」も変わります。
研修で正解を教わるだけではなく、仲間と問いを持ち、語り合い、実践を振り返り続ける。
園そのものが“学び続ける共同体”になること・・・これこそが未来の保育の専門性だと思うのです。