「分けずに混ざる」という優しい未来

ブログ

コロナの後からか、それとももっと前からか「分けないといけない」・・・いつの間にか、僕らの社会はそんな前提で動くようになりました。年齢。役割。立場。できること、できないこと。そして、障がいの有無などなど。

もちろん、それぞれに意味はあります。支援の制度も、配慮の仕組みも、たくさんの人の努力で整えられてきたことも福祉の現場にいる人間だからよくわかる。
でも時々、こうも思ってしまう。
でも最近、本当は人はもっと自然に混ざっていられる存在なのではないかと・・・。

今日、南区役所近くの Bamboo Share Kitchen で生まれていた空気は、まさにそんな空気でした。絶品米粉シフォンの May Wind さん。そして FANSTAR さん。そこにあったのは、「支援する」「される」ではなく、「一緒にやる」という、とてもシンプルで、でも実はとても深い関係でした。

人に喜んでもらいたい。一緒に楽しみたい。美味しいものを作りたい。いい時間を共有したい。この気持ちは、障がいの有無とはまったく関係がありません。むしろ、人として一番根っこにある感情だと思っている。今日も墨絵を描くという青年から「子どもたちとお一緒にやりましょうか!」とコラボ企画の提案を受けた。

保育でも、同じことをよく感じます。子どもたちは、本来「分ける」という発想を持っていません。一緒に遊びたい。一緒に笑いたい。一緒にやってみたい。それが自然です。

大人になるほど、「区分」「役割」「配慮の線引き」を覚えていってしまう。それは必要なことでもあるけれど、同時に、自然に混ざる力を少しずつ手放していく過程でもあるのかもしれない。だからこそ、こういう場は、とても大切なのだ。

誰かが「特別」なのではなく、みんなが「普通にそこにいる」。できることを持ち寄り、できないことは自然に補い合い、結果として「いい時間」が生まれる。これは理想論ではなく、すでに、あちこちで静かに始まっている未来の形のように最近感じています

保育の世界で使われる「共主体」というワード、誰かが主役で、誰かが脇役ではない。
関わる人みんなが、その場を一緒に作っている存在。Bamboo Share Kitchen にあったのは、まさにそんな「共主体の空気」でした。

凸凹があるから、面白い。違いがあるから、支え合える。混ざるから、新しいものが生まれる。

「分けずに混ざる」・・・それは理想ではなく、人が本来持っている、とても自然な力なのかもしれません。そして僕はそんな場を、これからも少しずつ増やしていきたいと思うのです。