外出したついでに蒔田駅近くにある雷神堂に立ち寄る。ケーキなどの洋菓子より、僕は煎餅派。歯が折れるのではないかというようなおせんべいを見つけるとワクワクする。そして、こういったお店に入ると「保育と同じだな~」と共感することがいくつかある。雷神堂が掲げている「高くても美味しいものを」「素材の良さにこだわる」「人のぬくもりを残す」・・・この言葉は、保育の本質と重なる気がします。
雷神堂が生まれた背景には、「安いものが正義」という時代があったように、保育も託児がニーズだった時代もある。しかしそれだけでは、社会は認めてくれないし、それ以上にそこで人生をかけて働くには物足りない何かがあったのだろう。
雷神堂は国産ブランド米100%、混ぜ物なし、飯米でも美味しいレベルの米にこだわり、さらに醤油は老舗の 正田醤油 の再仕込醤油を使っている(HP情報)。さらに雷神堂は大量生産ではなく手焼きを選びました。保育や育児も大量生産での能率、効率だけではなく関係性の仕事です。声の温度、間、まなざし、待つ時間。これはICTやマニュアルだけでは置き換えられません。
「高くてもいい」は「時間がかかってもいい」と同じ意味です。時間や手間をかけることを許せるかどうか。そこに園文化の分岐点があります。また、地域にこうした店があること自体が、子どもにとっても保護者にとっても文化資本です。良いものを作る大人、手間を惜しまない大人、流行より信念を選ぶ大人の存在は絶対必要。保育も煎餅も、最後に残るのは思想だと思っている。安さか、効率か、それとも人のぬくもりか。煎餅をかじりながら「保育も、こうありたい」と思うのです。これからの良い保育は、「正しい方法」から生まれるのではなく、譲らない価値から生まれる気がしています。
安くてもいいのか、早ければいいのか、均一ならいいのか。・・・それとも、その子の人生に残る関わりを選ぶのか?? 文化は、日々の小さな選択から作られるのだ。
