毎週水曜日に保育園にボランティアに来てくれている、96歳の大林さん。
おばあちゃんの仕事は、布おむつをたたむこと。
大林さんは、布おむつを両手で広げ、しわを伸ばし、ゆっくりと丁寧にたたみます。
ゆっくりした動き、急がない所作、間違えても、やり直せばいいという空気感。
そこには、「効率」も「成果」もありませんが豊かな感じ、96年生きてきた身体そのものが、子どもにとっての生きた教材になっているようです。
そばにいる子どもたちは、じっと見たり、そっと触れてみたり、ときには真似をしてみたり・・・誰かに勧められたわけではなく、「なんだか気になる」その気持ちで、自然に普通に近づいていく。
その時間が、保育園に何とも言えないやさしい空気を運んでくれるのです。

当たり前だがおばあちゃんは、子どもたちや職員に何かを教ようなんて気は全くない。でも、その姿そのものが、「ゆっくりでいい・・失敗してもいい・大切に扱うなどなど」こんなメッセージを言葉ではなく、存在で伝えてくれている。
そして、いい感じと思えるのは、何よりおばあちゃん自身が、とても嬉しそうにしてくれていること。
「役に立てて嬉しい」とか「また来るね」そう話すおばあちゃんの表情は、少し誇らしげで、あたたかくて・・・布おむつをたたむ時間が、誰かのためであり、また、同時に自分の居場所にもなっているのが最高。
考えてみれば、予定通りに進まないこと・・・ゆっくりな時間・・・効率よくはいかないけれど、確かに心が満たされる時間・・・そういうのあるよなぁ。そして、保育は、何かを早くできるようにすることだけではなく、誰かと共に過ごす時間そのものに意味があるんだよなぁという原点をそっと思い出させてくれるのです。

