虐待の末、実母に売春を強いられ覚醒剤におぼれていた女性が、学校へ通い直し未来をつかもうとしていた矢先にコロナによって再起のチャンスを奪われたという新聞の三面記事が脚本のベースになっている映画『あんのこと』
高齢の祖母と母とゴミにまみれたアパートの一室で暮らす21歳の杏は、売春で生活費を稼ぐよう家族に強要されている。母親の暴力で支配されている杏には、自分の意志持つこともできず、その生活から抜け出すことなどできない。
ある日、覚醒剤使用容疑で取り調べを受けた彼女は、多々羅という変わった刑事と出会う。
初対面なのに、ぐいぐいと距離を詰めてくる刑事ではあるが、一方で救いの手が差し出されたかのように感じる杏。
この型破りな刑事がインストラクターも兼任する、自助グループのようなヨガサークルには更生の現場を取材する雑誌記者も登場し、この二人のサポートによって毒親との決別に成功する。
しかし、安全な住処と学校という居場所、生活の糧となる仕事を得たのも束の間、コロナ禍という誰もが自分のことだけでいっぱいになってしまった現象のために仕事を奪われ、さらに信頼していた多田羅の逮捕、次には同じシェルターにいた女に見ず知らずの子どもの世話を押し付けられる・・・そして、決別したと思った母に見つかってしまうという悲劇。
映画の中でも登場する児童相談所や福祉事務所、それらがこのようなケースに対し万能ではないことは福祉にかかわる人間だからこそよくわかる。しかし、今年の4月に施行された「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」(女性支援新法)のこともこの映画に興味を持ってくれた人たちには伝えたい。
これまでは、杏のようなケースには昭和31年に制定された売春防止法を法的根拠に「売春を行うおそれのある女子を保護更生」するという発想しかなく、女性の福祉や自立支援等の視点は十分ではありませんでした。
制度的限界が起こり、女性を取り巻く環境が大きく変わる中、困難な問題を抱える女性支援の根拠法を「売春をなすおそれのある女子の保護更生」を目的とする売春防止法から脱却させ、先駆的な女性支援を実施する「民間団体との協働」といった視点も取り入れ、対象者の包括的な支援制度として新法が施行されたのだ。
この映画だけではないが僕らは「知らないことは存在しないこと」のように感じてしまうところがある。杏のような事例が身近に実際あることを認識し、法の理念に従って問題を解決していかねばならない・・・そんなことを考えさせられた。
『あんのこと』は、不幸な境遇の少女の更生にまつわる物語にとどまらず、コロナ禍における対応に関する総括と今後の困難女性の自立支援の課題を僕に与えてくれた映画でした。
最後に河合さんの演技は素晴らしかった。社会経験のない危なっかしいピュアさや、自分の存在を消してしまいたいというような“私のことなど見るなよ“といった気持ちが溢れ出ていて凄い女優さんだな感心してしまいました。