進化する食育実践

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20回を迎えた幼年教育・子育て支援機構主催の食育コンテストに、今回、審査員として参加させていただいた。内閣府特命担当大臣賞を受賞した厚木の子中保育園、文部科学大臣賞を受賞した愛媛のエンゼル幼稚園。さらに優秀賞の長崎エミー認定こども園、岡山連島こども園。どの園の発表も、単なる実践報告ではなく、「その園が何を大切にして保育をしているのか」が確かに伝わってくる時間だった。

印象的だったのは、どの園も「食育イベントを企画した」という話ではなかったことだ。始まりはいつも、小さなこどものつぶやきでした。「これが味噌になるの?」「おこめってどうやってできる?」「パン屋さんに行ってみたい」・・・そこから生まれる疑問・発見・探求等など。そして、その声を拾うのは、担任だけではない。栄養士、調理員、看護師、事務、時には地域の農家や保護者。園という一つの小さな社会が、チームとして動き始めていくこの感じが、今回の受賞園の食育活動だったように感じている。

これまでの食育は、どこかで「知識を伝えるもの」として扱われてきた時期があった。三色食品群を覚えるとか、栄養バランスを知るとか、好き嫌いを減らすとか、もちろん大切なことけれど、そこには子どもの「食べる主体」は見られない。今回の入賞園の実践に共通していたのは、食が「関係性の中」で語られていたことだった。職員の想いと子どものやりたいとのズレ。また、活動の中で起こる様々なトラブルに悩み、驚き、一緒に喜び、まさに保育で大切にしている共主体そのもののようだった。

さらに深く学ばせてもらったのは、食育が「保育課題の統合装置」になっていたことだった。知識と体験の乖離、地域理解、食文化の継承等など。つまり、食育は単独の教育領域ではなく、育ちを立体的に支えるハブになっていた。これは、僕がずっと訴えている「暮らしの中に教育がある」という思想と重なる部分でもある。これからの食育は、きっとこう変わっていく。「食べさせる」から「一緒に生きる」へ。食べ物は、自然とつながり、地域とつながり、誰かの仕事とつながり、自分の体とつながる。そして何より、「自分はここにいていい」という安心感とつながっていく。

食べるという行為はは、栄養をとることだけではありません。それは、誰かの時間を受け取ることでもある。畑で土に触れた手とか、朝早く市場に並んだ人や台所で火をつけた人。「そしておいしくなあれ」と願った人。そのすべてが、一口の中に入っています。だから食育は、好き嫌いをなくすためのものではありません。この世界は、自分を生かそうとしてくれている。そう感じられる力を、静かに育てていく営みではないかと最近強く感じる。

僕らが食育を通して守りたいのは、食べる力ではなく、生きていこうとする力なのだと思います。子どもたちが世界を信じて誰かと生きていけるように。その一口をこれからも大切にしていきたいと思います。

 

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