安全・衛生・事故防止と保育

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コロナ以降か、その前からかはっきりしませんが、最近の保育は「安全・衛生・事故防止」に対し、相当な神経とエネルギーを注ぎながら子どもたちと向き合っている。

子どもを守る仕事である以上、それは当然のことだし、人に言われるまでもなく、その重さを一番よく分かっているのは、現場に立つ保育士自身である。
少しの判断の遅れや見落としが、大きな出来事につながるかもしれない緊張の中で、一日を終えること自体が、すでに大きな専門性なのだ。

ただ、その一方で、こんな感覚を覚えることはないだろうか?
「安全を優先するほど、保育が窮屈になっていく」
「事故を防ぐことが、いつの間にか目的になっている」そんな戸惑い。

安全や衛生は、保育の土台ではあるが、それ自体が保育のゴールではありえない。
安全とは、危険をなくすこと・・・でも、子どもの育ちは、いつも少しの予測不能さとともにありものだ。

子どもが挑戦しようとする瞬間、友だちとぶつかり、思いがすれ違う場面、うまくいかず、泣いたり、怒ったりする出来事・・・・そこにはリスクもあるし、同時に、子どもが世界と関わろうとする大切な営みもある。

信頼とは、「きっとうまくいく」と期待することではなく、「うまくいかないかもしれないけれど、関係は続いている」・・・そう感じられる経験を、子どもに手渡すことだと思っている。

安全と安心を整えたうえで、その中に少しだけ余白を残すこと
すぐに止めるのではなく、一呼吸おいて見守ること。

それもまた、事故防止とは別の次元の、確かな専門性です。

今の社会は、結果が予測できる「安全」を強く求めます。だからこそ現場には、完璧さが押しつけられがちです。でも、保育は本来、大人も子どもも「信じてみる」ことを練習できる場所です。

安全を守る保育士の安心のまなざしがあるからこそ、子どもは挑戦できます。
事故を防ぐ保育士の判断があるからこそ、子どもは世界に手を伸ばせます。

僕らは子どもを「止める人」ではなく、育ちが起こるぎりぎりのところを支えている専門性を持っているという誇りをもっと持っていたい。

先日の講演で時間が無くなり伝えきれなかった「安心と安全」に関しての保育士のスタンスをこんな風に思っています。