最近、職員と「コーチング」的な話をよくする。中堅、ベテラン職員であれば「相手の可能性を引き出す技術」を身につけてもらいたいからだ。『人は、問われた方向に思考する』この原則を保育にも活用できたらと思うのだがなかなか難しい。
子どもと一緒に生活していると、保育者はつい「答え」を言ってしまいます。「順番に使おうね」「こうやって履くんだよ」「もう片付けよう」・・・もちろん、それで物事は早く片付くことが多いし、忙しい保育園の一日では、ついそうしたくなるのもよく分かります。
でも、もしかしたら、その30秒の「正解」が、子どもの思考の時間を奪っているのではないだろうか?すぐに結果は出ないかもしれないが、こんな風に質問したら・・・・想像してもらいたい。
例えば「どうしたい?」と問えば、子どもは自分の気持ちを探し始めるし。
「どうやったらできると思う?」と問えば、子どもは工夫の仕方を考え始めます。
「ほかに方法はある?」と問えば、びっくりするようなアイデアが飛び出すこともあります。
さらに「どう思った?」と問えば、楽しかったことも、悔しかったことも言葉にすると意味を持ち始めます。
そして、「次はどうする?」は、失敗もトラブルも次の行動に繋がれば学びです。
こうやって思いつくまま並べてみるとコーチングというより「問いの立て方の技術」といった方が良いのかもしれない。そして、コーチングは、保育場面ではそのまま使えない場面も多いことも考慮しなければならない。
理由は三つ。一つ目は、保育は一対一ではありません。誰かが泣き、誰かが登り、誰かがトイレに行きたがる。コーチングのようにゆっくり対話する時間は、現場ではなかなか取れません。二つ目は、子どもはまだ言葉で考えられないことも多い。二歳児が叩いたとき、それは言葉ではなく感情の表現です。そのとき必要なのは、質問よりもまず共感かもしれません。三つ目は保育者には安全責任があるということ。子どもが高いところに登ろうとしているとき、「どう思う?」と聞いている間に落ちてしまっては困ります。そう、保育はコーチングよりずっと複雑なのだ。
それでも、保育は、問いの仕事だと思うのだ。子どもを変えるのは、大人の言葉ではなく、子ども自身の中に生まれる「考え」だから。そしてその考えは、たいてい、小さな問いから始まったりする。「どうしたい?」その一言が、子どもの一日を変えることだってあるのだと思うと保育という仕事は、ずいぶんと奥の深い問いの仕事なのだなあと、改めて感じるのです。そして、今度は、もっと大事な職員間の「問いの立て方」についてどこかで書きたいと思う。
