会議と食事の関係

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お正月明け。昨日は2026年最初の幹部職員会議。
法人の幹部職員が集まり、今年度を振り返り、次年度の計画を考える会議が開かれました。
数字や資料、スケジュール表が机の上に並ぶ、少し背筋の伸びる時間は、組織として前に進むために欠かせない議題が並ぶ一方で、こうした会議は、ともすると「正解を早く出す場」になりやすい。

しかし、今回の会議には、ひとつ特徴的な要素があった。
ランチタイムに、久良岐保育園の元園長、内田先生の手作り料理が提供されたのである。

この「食事」という行為は、単なる休憩や福利厚生ではないが場の性質を変化させてくれる装置として機能してくれているような気がした。

不思議なもので、食事はヒエラルキーを一時的に緩めてくれる。
役職や立場によって固定されがちな発言の重さや順番が、「同じものを食べる人」という関係性の中で再編成される。よく言われる「心理的安全性」ってやつだ。

また、手作り料理であることにも意味がある。
料理には、工程・時間・失敗・工夫といった「プロセス」が内包されている。
そのため、話題は自然と結果ではなく過程へと向かう。
「どうやって作ったのか」「なぜこの形なのか」という問いは、そのまま「この実践は、どんな意図で生まれたのか」という会議の思考様式へと接続していく。

午後の議論では、午前中には見られなかった変化が起きていた。
結論を急ぐ発言が減り、他者の意見を一度受け止め、問い返すやりとりが増えた感じがするので効果抜群だった。

その場がどれだけ安心して思考できる空気があるかで会議の質は決まる。良い計画は、良い関係性の中からしか生まれないという、ごく本質的な事実をぼくらは頭ではわかっているが実践できないことも多い。
食事って、その空気を耕す、重要な環境要因なのだと再認識した時間でした。

ということで、夜の職員会議はおにぎりを頬張っての話合いとなりました。

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