人は「関係」の中で育ち、「関係」の中で回復する」

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保育と社会的養護、児童福祉とは言っても違う分野のように全然違った事業に見える。みんなのイメージを言葉化するなら、保育は「育ちや学び」、社会的養護や困難女性支援は「保護や回復」といったところだろうか?法律の中でも一種とか二種とかに分類されているし・・・でも、最近、自分は違うことをしているのだろうかと感じるようになってきた。

たとえば保育園で、子どもが人を叩くときがある、社会的養護の現場で人が関係を拒否するときがある。表面だけ見ると、違う行動だが、その奥には、同じものが流れている時がある・・・・それは、「この関係は安全か?」という確認だったりする。

講演等でもさんざん言っていますが、問題や課題は個人の中にあるのではなく、関係の中にあり、また、人は個人の力だけで育つのではなく、個人の力だけで回復するのでもない。人は関係の中で育ち、関係の中で回復する。これを整理したのが、八朗流「関係発達モデル」と呼んでいる考え方です。

人の育ちも回復も大きく4つの段階で起こると考えていて・・・

まず、安全な関係があること(否定されない・急かされない・切り捨てられない)ここが、すべての土台。

次に、自分の感情が分かること(悲しい・怖い・嬉しい・嫌だ)これが分からなければ、人は自分の人生を選べない。

そして、自分で選べること。これは「好きにしていい」という意味ではなく、「自分が何を感じているかを分かった上で、選べる」という状態です。

最後に、社会とつながること(役割を持つ・感謝される・必要とされる)ここで、人は社会の中で生きていける。

保育の仕事は、このを最初から作る仕事で、社会的養護や困難女性支援は、このの安全な関係をもう一度作り直す仕事です。違うように見えて、本当は同じ場所を見ているのではないか・・・

人は怒られないと分かったとき初めて試すし、見捨てられないと分かったとき初めて選ぶ。そして、関係が切れないと分かったとき初めて自分を出してくる。だから、支援とは正しい方向に導くことではなく、その人が自分の人生を取り戻すプロセスを壊さないことなのだと思っています。保育も、社会的養護も困難女性支援も関係性を豊かにしていくという点では本当は同じ仕事なのかもしれません。人は関係性の中でしか自分を表現することが出来ない。だから、僕は保育も社会的養護も統合する思考を持って仕事をしていきたいのである。

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