3月2日は「ミニの日」。小さいことに目を向ける日だそうです。今日は4月から入園する子どもたちの個人面談でした。主任が保護者とヒアリングしている間に僕は数日前につかまり立ちしたばかりという もうすぐ1歳の子どもと園内散歩。その子の目線で保育園を見回すといつもと違って見えるから不思議です。
その時、思い出したい絵本が『二ーナはおちびさん』。二ーナは、みんなより背が低い。
棚の上は見えないし、行列の後ろでは何も見えない。「小さい」という事実は、時にさみしさを連れてきます。けれど、この物語は小さいからこそ、見える世界はないの?と問いかけてきます。

今日、僕が体験したようにしゃがんでみると景色が変わります。机の脚の裏側。床に落ちた何かの粒。削れた階段などなど。小さい子どもたちは、僕らが「見落としている世界」の中に生きているのでしょう。背が低いから、足元の虫に最初に気づく。水たまりに映る空を、じっと覗き込む。テーブルの下の秘密基地を発見する。そう考えると小さいは劣っているのではなく、視点が違うという豊かさともいえる。
小さいと、できないことが多い。でも、できないことは、実は「関係が生まれる入口」でもあると最近強く感じている。人は、弱いところからつながるということ事実だ。強さでつながる関係は競争になりやすい。でも、弱さから始まる関係は、協働や共主体へと育っていく。二ーナの物語は、「小さいこと」を欠点ではなく、世界との出会い方として描いているのだ。
僕らは、つい「早く大きくなってほしい」「これくらいできるように」と願ってしまう。けれど、本当に大切なのは、そんなことよりも世界との関係が豊かになることなのだ。小さいから見える世界や小さいから生まれる関係は社会の中で見過ごされがちな「声にならない声」にも似ています。保育だって、その小さな声に耳を澄ませる営みだ。上から見下ろすのもいいけれど、時々、しゃがんでみませんか。子どもたちが見ている世界も意外と新鮮で刺激的です。
