くまの子ウーフが問い続けていること

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今日は、僕に多くの影響を与えてくれた長井良信元園長の29回目の命日。

墓前に手を合わせ、近況を報告していると、なぜか頭に浮かんできたのは「くまの子ウーフ」だった。

129日。
長井園長の命日であり、くまの子ウーフの作者・神沢利子さんの誕生日でもある。きっと、記憶のどこかでこの二つが結びついて、今日という日に呼び出されたのだろう。

くまの子ウーフは、いっぱい遊び、いっぱい食べ、そして、いっぱい考えた。

何より印象的なのは、ウーフがいつも「どうして?」という問いを手放さなかったことだ。

――どうして、空は青いの?
――
どうして、あの子は泣いているの?
――
どうして、ぼくは、こう思ったんだろう?

その問いは、すぐに答えが出るものばかりではない。
むしろ、答えが出ないまま、世界の中を漂い続ける問いの方が多い。

でも、ウーフは、「分からないこと」を怖がらないし、「考え続けること」をやめず、「誰かと一緒に考える」ことを楽しんでいた。

今日、保育園に見学に来てくれた園長先生方ともお話しさせてもらったが、今の子どもたちはいつの間にか「早く答えにたどり着くこと」を求められているように感じることがある。

できたか、できていないか。正しいか、間違っているか。早いか、遅いか。

ウーフが大切にしていたのは、答えよりも、問いを持ち考え続ける時間。

問いを持ち考えるという行為は、世界をもう一度、見直すこと。そして、自分自身の感じ方を、丁寧に確かめることでもある。

長井園長は僕に答えをくれない人だった。「お前は責任のある立場になるんだから自分で考えろ!」

墓前でウーフのことを思い出しながら、僕は長井園長にいまさらながら「ありがとうございました」と手を合わす。。

保育とか福祉って答えを教えることではなく、考え続けられる力を作る場所なのかな・・・そんな問いにも くまの子ウーフはきっと首をかしげながら、「ねえ、どうして?」って聞いてくるんだろうな。

すぐ答えなくてもいい、迷って、悩んで考え続けよう。いまの時代、それがいちばん大切なことなのかもしれない。

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