戸塚に残る貴重な緑地を舞台に、異業種の人たちが集まり、その活用について語り合う場にモアナ保育園の関山さんらと参加した。雑木林の中を歩き、竹林を眺め、斜面に立ち止まりながら、「ここで何ができるだろう」と言葉を交わす。
特別な会議室も、資料もない。ただ自然の中を歩きながら、思いついたことを口にしていく。そんな時間だった。
子どもの遊び場として。
野外活動のフィールドとして。
親子がふっと立ち寄れるサードプレイスとして。
僕ら二人はそんな視点で意見を出していたのだが、印象的だったのは、そこに集まった人たちの共通点だった。
誰一人として「自分の事業としてどう使うか」だけを考えていない。
この場所が地域にとってどんな意味を持ちうるのか、どうすれば次の世代につなげられるのか——そんな問いを自然に共有していた。
緑地を歩いているだけで、アイデアが生まれる。
「秋にはムクロジの実が落ちてくるってことは・・・・」「この場所の木を間伐すれば・・・」
「このエリアは管理しすぎない方が・・・」
それらは完成された計画ではない。けれど、互いの言葉に耳を傾けながら思考が重なっていくことで、「この場所をどう育てるか」という共通の物語が、少しずつ立ち上がっていく感覚があった。
ここで改めて感じたのは、地域資源を「誰かのもの」として囲い込むのではなく、「みんなで関わりながら使っていくもの」として捉え直すことの可能性だ・・・・所有ではなく、共有。管理ではなく、関係性。
子どもにとっての遊び場は、大人が用意した完成品である必要はない。
むしろ、少し不完全で、手を入れながら育っていく場所の方が、長く愛される。そこに関わる大人たちが多様であればあるほど、子どもが出会う世界も豊かになる。
今回の場は、答えを出すための会議というより、「一緒に問いを持ち続けられる仲間」を見つける時間だったように思う。
地域をどう使うかではなく、地域とどう関係を結ぶか。
その発想の転換こそが、これからのまちづくりや子育て、そして公共の在り方を支えていくのではないだろうか。
森を歩きながら交わされた何気ない言葉たちが、いつか具体的な形になっていく。
そのプロセス自体を、複数の人で共有していくこと。
それこそが、地域を「生きた場」にしていく一番の力なのだと、再確認する機会になった。